「風水についての本や情報が世の中には沢山溢れているけど、何か根拠があるの?」と思ったことはありませんか?風水は何でも願いを叶えてくれる魔法ではありません。しかし、風水は昔から先人たちに大切にされており、私たちの衣食住に深く関係しているデータの集まりなのです。
今回は、風水の根拠や歴史、現代ではどのように風水が使われているのかをご紹介します。

風水は環境学?風水の根拠とは

あまりよく知らない人にとって風水は、占いやおまじないのような根拠がないものだと思っている人が多いのではないでしょうか。しかし、中国では風水は学問の一つとして大事にされ、近年では環境学という見方をされることが増えてきました。地形や気候、方位から吉凶が読み解かれる風水は、先人の知恵が深く関わるものなのです。
3つの項目に分けて説明していきますね。

風水は環境学に近いもの

中国での風水は、山の形や地形、天文や地理の相応関係などさまざまな方向から吉凶を判断されていました。王都や墓所の建設などの環境工学のほか、戦でも軍学として使用されてきました。このように、風水は古来に学問として人々の身近にあったものだったのです。
現代では地形や気候条件、文化などが密接に関係している「環境学」という考えが広まっています。さまざまな分野から成る風水は、おまじないでも迷信でもなく、自然環境や地形、周辺の建築物の位置など昔からの知恵や経験に基づいて判断する環境学だったということなのです。

風水は先人の知恵が大きく関わっている

建ててはいけない場所に家を建てない、水害の多い場所には注意するなど、自然環境の中で人々がどうすれば一番良い状態で暮らせるのかというのを先人が模索していったものが風水です。「この土地では災害が起きやすい」という長年に渡って集めたデータによって、危険のある土地を予測し、回避してきました。家の建築のほかにも、身の回りの環境を整えるといった意味でも風水は大切です。

判断方法は「巒頭」と「理気」

風水は「巒頭(らんとう)」「理気(りき)」と呼ばれる系列に分かれています。
巒頭は、山や土地の形状や地形など目に見えるもので判断する方法です。
一方で理気は方位から吉凶を判断するもので、生年月日から相性の良い方位を見つけ、住居やお墓の配置を決める方法です。山がなく巒頭で判断できない地域では、理気が盛んだったと考えられています。
中国や香港では、現代でもこの巒頭と理気の理論が当てはめられた高層ビルや街並みが存在します。

中国における風水とは

風水はもともと大地の地形を判断する「風水地理」から始まったとされています。国家が長く繁栄する土地を探して、山や川の地形などから最も適している場所を読み取っていたと考えられています。
大きく分けて、日本の家相と繋がりがある陽宅風水、日本にはあまり馴染みがありませんが墓相とも呼ばれる陰宅風水があります。
下記で詳しい説明を見ていきましょう。

風水地理

風水地理は元々道教の「仙道五術」に含まれていて、「山・医・命・卜・相」で構成されています。この「仙道五術」は、山で体を鍛えるための体術薬草学と東洋医学、個人の持って生まれた宿命を知るための運命学、将来を見通す易学、修行の場所を探すための環境学に分かれています。風水地理は、「相」の修行の場所を選定するための環境学に該当します。
風水地理はさらに「陽宅風水」と「陰宅風水」に分かれているのが特徴です。

陽宅風水

陽宅風水は、都市や建築物、住居の吉凶を占う風水です。
陰者(死者)に対して陽者(生きている人)の住まいの良し悪しを判断するもので、近年の風水といえばこちらの陽宅風水が一般的によく知られているのではないでしょうか。地質や水の流れ、山脈、周囲の建物などから判断を行い、自分にとって良い気を取り入れるために家屋の位置や門の向きなど方位を重要視します。
現代では、住宅の他に店舗やオフィスなどにも活かされています。建設前から玄関や寝室などの間取りの配置を考えた方が良いですが、インテリアや方角に合わせた色を取り入れることで改善は可能です。

陰宅風水

陰宅風水とはお墓のことであり、墓相とも呼ばれています。墓石の向きや水の流れ、亡くなった人の生まれ年との相性などさまざまな事柄を考慮してお墓が建てられます。
陰宅風水は陽宅風水にも影響を与えており、陰宅を正しい位置に設置すると、陰宅から流れてきた気で陽宅を栄えさせると言われています。陰宅風水と陽宅風水は一見関係ないように見えますが、実はとても深い繋がりがあるのです。これは、中国人がとても血族やご先祖様を大切にしていて、お墓の良し悪しが現在の自分の運勢にも影響があると考えられているからなのですね。
したがって、中国では住宅や建物だけではなくお墓の風水も重要視しています。

日本と風水の関係とは

日本でも古くから風水が伝わり、遷都をする際や墳墓などを建てるときに用いられてきました。しかし、中国の風水と日本の風水には違いがあります。日本の気候や土地、風習や宗教に合わせて風水は変化していきました。日本ではどのように風水が発達していったのか、ご紹介します。

陰陽五行の伝来

日本では風水の一部のみが陰陽道と家相として取り入れられ、中国とは別の呪術要素が強いものとして発達しました。「怨霊や悪いものから身を守るもの」が風水の役割として広まっていきます。陰陽道は「陰陽五行説」を起源とした呪術で、風水の基本はこの「陰陽五行説」にあるので、とても関わりが深いのです。
陰陽五行説とは、自然界は「木・火・土・金・水」に分かれ、「陰」と「陽」の性質を持っているという考え方です。現代の日本で取り上げられている風水は、比較的新しい考え方が輸入されたインテリアや小物、色や部屋の方位など手軽に取り扱えるものとなっています。

城造りや街づくりに取り入れられている

推古天皇の時代に風水が伝来してきたとされ、藤原京や平安京など遷都する際に風水が用いられてきました。特に平安京は南北東西の四方に山、都を主軸とした碁盤目状の構成で建造され、風水の手法に基づいた作りだったそうです。
東アジアでは「四方」という方位基準が幅広く知れ渡っています。北を背にして南を向くことが良いとされ、京都もこの吉相を取り入れています。京都は「四神相応の地」とされ、中国式風水と日本独自の風水を意識して作られた計画都市なのです。
京都にパワースポットが多いのは、風水が関係しているからなのですね。

独自に発展した日本の風水

日本には「家相」と呼ばれる独自の風水が江戸時代後期から広まりました。家相は陽宅風水の考えを取り入れ、日本の生活習慣や宗教などを加えた風水になっています。家屋の建て方や改築、時節の選び方など日本の風習や気候風土を含めて生活の知恵として活用されているのが家相なのです。ほかにも、沖縄には「沖縄風水」と呼ばれる独自のものがあります。琉球王国の時代に久米村の子孫を中国に派遣して風水を勉強させ、国づくりに役立てたとされています。それゆえに、久米村は風水に基づいて街づくりが行われました。ちなみに、首里城は風水的にも優れたものとされています。

現代でも見られる風水の形跡

江戸幕府時代の江戸城は、外堀から守りを固めるため渦巻き状に川の水を引き込むように作られていました。これは「水龍」と呼ばれているもので、金銭的に繁栄するといわれ、実際に日本の主要都市は水龍に恵まれた場所が多いです。四大文明も大きな河川の近くで起きていることから、水龍はとても重要な風水のポイントだということが理解できますね。
現代の江戸城跡では効力が薄れてしまっていますが、山手線など鉄道の環状線が水龍の役割を果たしているため、今でも都市が栄えているのです。

生活において大切にされている風水

現代の生活において、風水は私たちの環境を整える大事な役割を担っています。
たとえば、裏鬼門(南西)は昔から疫病を運んでくると呼ばれ、暖かい場所にトイレがあると不衛生、キッチンがあると食材が腐りやすくなるという理由で今でも南西にトイレやキッチンを配置することは避けた方が良いとされています。
逆に鬼門と呼ばれている北東は、日当たりが悪くジメジメしてカビが生えやすいと言われ、避けた方が良い方角とされています。
迷信と言われていることでもきちんとした理由があるので、風水や家相は健康的に暮らす生活の知恵として、家を建てるときに今でも活用されているのです。

まとめ

風水は迷信やおまじない、占い的な要素が強いものだと思われることが多いですが、先人たちが経験してきたデータに基づく環境学が根本にあることが分かりました。運気を上げるためには、私たちの身の回りの環境から改善していくことが大切です。
風水を上手く活用して生活に取り入れ、良い運を引き寄せていきましょう。

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